ピアスの門出

お気に入りのピアスをなくしてしまった。

 

猫のシルエットに、真珠みたいなビーズが連なったピアス。

淡い恋の思い出がぎゅっと詰まったピアス。

二人の大事な瞬間に、いつも耳もとで揺れていたピアス。

 

散歩中に通った坂、立ち寄ったスーパー、お茶をした珈琲店...

あちこち探し回ったけど、どこにも見つからなかった。

 

「持ち主に似て、旅に出たくなったのさ。今頃はきっと日本海に出てるよ」

 

そうやって言ってくれたけど...。

旅に出てしまったのか。

私の耳もとから離れた、遠い場所に。

 

がっくり肩を落として、

昨日の珈琲屋さんに戻ってくる。

憂鬱な気分を、雨雲が追い立ててくる。

 

頼もうとしたバニラソフトクリームは、

テイクアウト限定だった。

じゃあ、テイクアウトして外で食べます。なんて今更いう元気もなくて

ココアを頼んだ。

普段ならカロリーやらなんやら気にするけど

今日はもういいや。

 

運ばれてきたのは

しゅわしゅわとホイップクリームの弾ける音がする

冷んやりしたココアだった。

私のどんよりした心には似合わないほど、可愛らしい女の子みたいな甘いココア。

 

ダークブラウンと可憐なクリームの白が混じり合う

このとっぷりとした色の中に、ちょっと沈んでいよう。

 

そして、門出を祝ってやろうじゃない。

新しい世界に飛び出して行った、ピアスの門出を。

自分の宿命を捨てて耳もとを離れて行った、私のピアスの門出を。

 

ゆっくり味わうつもりが

結局氷が半分も溶けきらないうちに、飲み干してしまった。

 

そんな日が、あってもいいよね。

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